悟りをひらくこと


「幸せとは、物質的豊かさではなく、精神的な豊かさである」とだんだんと皆さんが気づき始めている?かはさておき

このような話をすると宗教のようで敬遠されやすく、あまり口にはしてこなかったのですが
今の世の中、そのようなことに目覚める人がとても多くなってきているようです。

そして、自然とそのような境地になりたいと思ってきている人も増えてきています。


まず初めに、

悟りを開いた人は特別な人間ではなく、ただ、シンプルに人生を生きることができる人のことです。

自分を変に助長する必要がないので、とても、さっぱりと生きていける人のことです 。

若いとか歳を取ってるとか、女だからとか、結婚しているとか、何回も生まれ変わらないといけないとか、そんな私たちの考えている小さなこととは全く関係なく

実際、悟りは誰にでもおとずれる可能性があります。


例えば、悟りをひらくということは、ブッタのように、苦しい修行の末のようなイメージです
私たち世俗に生きる人たちには全く関係ない話のようでもあります。
そしてインドの山奥に行って修行をしないと悟りをひらけないのではないか・・
とんでもない苦労しないといけないと思う人が多いです(ひとそれぞれ苦労は様々でしょう)



私自身も、ヨーガに携わる人間としてインドも行きましたので、そのような修行することも良いとは思います。

ただ、そのようなやり方をしないと悟りを開けないというわけではないのも事実です。

一つの道だけではないということ。

もう少し正しく言うと、「道自体もない」

と言う方がしっくりくるような気がします。



もともと、悟りとは「気づき」です。

毎日の小さな気づきがあり、私たちの恵まれた毎日が、さらに潤っていきます。

その毎日の気づき(悟り)が、いずれ、本当に日々満たされていて、不必要に悩むことからも解放されはじめます。


大きな悟りまでとはいかなくとも、「もっと幸せに生きたい」とは誰もが願うはず。

でも、何故か、幸せになりたいと願っているはずなのに、反対のとことばかりしてしまう私たち。


でも、それはまだ、大切なことを気づいていない(悟りを得ていない)だけかもしれません

では、実際に、幸せとは反対のことばかりしてしまう私たちは一体どうすればよいのでしょうか?


日常で、自分を客観的にみるということを繰り返しすることです。


特に、思考です。

ただ、始めから自分の考えていることを、客観視する作業は難しいので、

おすすめは、いつもヨガのアーサナでやっている、体の状態(血流、筋肉)をありのままに観察することから初めていけばよいのです。

そうすることで、「思考と自分を一体化してしまう」という作業から一瞬、一瞬離れていく。


ヨガを終わった後、とてもすっきりするのは、エゴ、思考、感情、欲求、そういったものから一旦離れることができるからです。

意識が「今ここ」だからです

自分と、思考を同一視してしまうことが、そもそも自分を苦しめるという誤りになるので、それを日常からできるようになって来れば、これ幸いです。


実際に悟りをひらくために時間は必要ないのですが、繰り返し、繰り返し行うという意味では時間ががかかってしまうのかもしれません。

長く、続けていく過程で確実に様々な変化が現れます。例えば抱えている病が治るとか、生活リズムが変わり、物事良い方向に進んでいくなど


ただ、本当に悟った人は、ものごとに良いも悪いもないわけですから、体が健康になるとか、いい方向に進むとか、そんなことは実際お構いなしです。


悟りを得るキーポイントは「今ここ」しかないです


不必要に悩む人を見ると

「勿体ないな」と思います。

でも、大いに悩むことは、大きな悟りを得る良い機会にもなると思います。


いつも、皆さんが、さらなる気づきに恵まれますように。